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強力打線総括

カテゴリー: 野球全般

強力打線のネーミング

巨人史上最強打線

 球史に残る各チームの強力打線を述べてきたが、そのネーミングについて4タイプに分類される。

1.チーム名やチームカラーにちなんで命名されたもの
 ”中日・強竜打線”、”ダイエー・ダイホークス打線”、”オリックス・ブルーサンダー打線”、”広島・赤ヘル打線”、”近鉄・いてまえ打線”
 特定の時期や、特定の布陣を指しているのではなく、チームが勢いに乗り、打線が爆発した時に使われる名称である。阪神と近鉄の愛称となっている”猛虎打線”と”猛牛打線”は、猛打爆発した時 に使われる。いてまえも、近鉄の代名詞になっている。.
 小粒だが、チーム名から”ロッテ・マリンガン打線”もあった。また、愛称ということから、横浜の監督になった山下大輔の名前を取って”大ちゃんス打線”というのもあった。

2.世の中の流れ、時代の象徴として命名されたもの
 ”日本ハム・ビッグバン打線”、”巨人・ミレニアム打線”
 ビッグバンは、日本で1996年から2001年度にかけて行われた大規模な金融制度改革を指すが、元々宇宙創造時にあったといわれる大爆発になぞらえて名付けられた。
 ミレニアムは、千年紀にあたる2000年に巨人が大型トレードで他チームの主力を揃え、20世紀最後の覇者を目指したことから名付けられた。

3.その時の布陣による打線の特徴を表して命名されたもの
 ”南海・400フィート打線”、”西鉄・流線型打線”、”横浜・マシンガン打線”、”西武・ノーリミット打線”
 打線の組み方に明確な指針がある場合で、長距離砲が集まった年には、一発攻勢。あるいは、ホームランを狙わず、繋ぎの打線に徹するといった場合に名付けられる。
 それゆえ、その特徴自体が打線からなくなってしまえば、ネーミングも一緒に消えてしまう。
 その打線に似たタイプの打線が他チーム生まれた場合には、他球団でも同じくそう呼ばれる事がある。流線型打線は、1リーグ時代の巨人でも使われた。繋がるマシンガンに対し、単発的な打線は” ピストル打線”と呼ばれ、貧打の代名詞になっている。

4.打線の破壊力を表す固定した布陣に命名されたもの
 ”阪神・ダイナマイト打線”、”松竹・水爆打線”、”毎日・大毎・ロッテのミサイル打線”、”大洋メガトン打線” 
 長距離砲が、揃った年の固定メンバーで固定されるため、その選手が引退やトレードされると自動消滅する。しかし、また違う年に異なるメンバーで復活もする。その際は、第2次○○打線とか、ニュー○○打線と呼ばれるが、系統だったチームの伝統として残る。
 ダイナマイト~ミサイル~水爆と、その破壊力に比例して凄まじいといえると思う。松竹が短命で消滅したのは、非常に残念である。
 何しろ1リーグ分裂後の初代セリーグ覇者であり、同リーグには巨人も阪神もあったのに、両チームを制しての初代栄冠を手にしたのである。

 現在の12球団の中で、ヤクルトと楽天だけは、命名された強力打線がない。楽天は、歴史が浅いので致し方ないが、ヤクルトは、サンケイ、国鉄と遡っても見当たらない。

 わずかにヤクルトには、2003年、”オジンガン打線”と呼ばれた打線があった。
当時の日本人スタメン打者は、38歳の6番古田敦也を筆頭に、2番宮本慎也と5番鈴木健が33歳、7番真中満が32歳、トップの稲葉篤紀が31歳、一番若い8番城石憲之でも30歳であった。残り2人は外人で、3番T.ベッツも30歳、4番のA.ラミレスだけが唯一20代であったが、彼も29歳だった。

 当時若手の岩村明憲が怪我で戦線離脱し、やむなく組んだ打線の日本人選手全員が30代の「おじさん」選手であった。しかし、この年のチームの順位は巨人と並んで3位タイであり、チーム打率は首位の阪神に次ぐ.283という高打率をマークし、年齢を感じさせない働きを見せた。

 各時代において、数々の強力打線が命名されたが、先に述べた1950年の松竹・水爆打線と1985年阪神のニューダイナマイト打線が、特筆されると思う。クリーンアップトリオの3人が、ホームラン30本以上、100打点以上と、2つの記録をもって優勝したのは、この2チームしかない。この時のクリーンアップこそ、最強の布陣と考える。
 
 下位打線の意外な1発も面白いが、やはり野球はチームの総合力であり、各人がそれぞれの役割をこなすことにあると思う。V9巨人の項で述べたように、塁上の走者を返すのはONの仕事、他の選手はいかにして塁出るかという各人の役割が徹底していた。
 最近の大型補強で、各チームの4番打者を揃えても、必ずしも優勝をしていない。現に”史上最強打線”(これはネーミングではない)と謳われ、日本記録のチーム本塁打数259本を記録した2004年も、3位に沈んでいる。
やはり、巨人らしさを出したV9時代の方が、圧倒的に強かった。

 200発以上本塁打が出たチームでも、必ずしもそのチームが優勝した訳ではない。近鉄は、1980年と85年、2001年と3回も記録しているが、85年は優勝を逃している。日本初の1978年広島、2001年ダイエー、2004年巨人も同様で、200発打線で優勝したのは、1980年・2001年の近鉄と2000年の巨人しかないのである。

 やはり、爆発力も脅威であるが、V9時代の巨人や黄金時代の南海・西鉄・阪急・西武の圧倒的な強さが印象に残る。単年や2年連続ぐらいの優勝は、どのチームも経験しているが、数年に渡る連覇を記録しているのは、この5チームだけである。
 打線だけではなく、投手の陣容と内外野の守備も揃わないと中々優勝は出来ない。連覇を続けるには、チーム方針そのものが問われることになる。
Tue 2009 | トラックバック(-) | comment(0)


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