スポンサーサイト

カテゴリー: スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- -- | トラックバック(-) | コメント(-)


球史に残る強力打線 6

カテゴリー: 阪神タイガース

元祖強力打線 阪神ダイナマイト打線

藤村富美男

 これまで日ハム・ビッグバン打線、松竹・水爆打線、毎日・ミサイル打線、西鉄・流線型打線、南海・400フィート打線と紹介してきたが、日本で初めて強力打線として命名されたのが、1946年の阪神・ダイナマイト打線である。
 1946年、破壊力抜群のタイガース打線を形容して、日刊スポーツの記者が命名し、1947年の優勝時に広まった。藤村富美男、別当薫、土井垣武のクリーンアップを軸に金田正泰、後藤次男ら好打者が並ぶ布陣であった。
1946年には、金田が首位打者、47・48年には、藤村が打点王、49年には、藤村がホームランと打点の2冠王に輝いている。
 1950年には、別当、土井垣、本堂保次の3人が、パの毎日に、長谷川善三は西鉄に引き抜かれ、後に第1次と呼ばれるこのダイナマイト打線は、1949年を最後に解散した。49年には、1番から6番までが、3割打者であった。
 
 その後、強力な打線がタイガースで結成されるたびに用いられ、1985年を第2次、2003年を第3次という。また、命名前であるため、当時はダイナマイト打線と呼ばれてはいなかったが、1930年代後半を第零次と呼ぶこともある。タイガースの打線は一般的に「猛虎打線」と呼ばれるが、「ダイナマイト打線」は打線が特に強力であった時期にのみ使われる。

  第1次ダイナマイト打線

1 後藤次男    センター    
2 金田正泰    レフト
3 別当薫      ライト
4 藤村富美男   サード
5 土井垣武    キャッチャー
6 本堂保次    セカンド
7 安居玉一    ファースト
8 長谷川善三   ショート

 スタメン8人のうち、藤村、後藤、金田の3人が、のちに阪神監督。別当に至っては、毎日・大毎、大洋、広島の監督に就任している。

1985年ニューダイナマイト打線(第2次
 
 1985年4月のランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の巨人・槇原から放った「バックスクリーン3連発」に代表される阪神の強力打線である。
 1番打者に足も速いが本塁打も打てる真弓明信を固定したところ、1番打者であるにも関わらず34本塁打、84打点をマーク。クリーンアップ3人と合わせて4人の3割・30ホーマー以上を生み出している。バースはこの年、外人では阪急・ブーマーに続く2人目の3冠王に輝いた。当然、シーズンのMVPであり、史上最強の助っ人といえよう。
 日本シリーズでは、弘田が2番・指名打者で出場し、4戦目からは、不調の佐野の代役を長崎が務め、パの西武を破り、球団初の日本一の座についている。。

1 真弓明信   ライト    .322   34本塁打    84打点
2 北村照文   センター
3 R.バース   ファースト .350     54本塁打   134打点
4 掛布雅之   サード   .300     40本塁打   108打点
5 岡田彰布   セカンド  .342     35本塁打   101打点
6 佐野仙好   レフト          13本塁打    60打点
7 平田勝男   ショート
8 木戸克彦   キャッチャー     13本塁打

 30ホーマー4人の記録は何度かあるが、クリーンアップが、3人とも100打点以上と言うのは、1950年松竹と2003年ダイエー(この時は6番バルデスも104打点で100打点カルテット)しかない。
6人が2ケタホームランで、1番真弓と6番佐野は、クリーンアップ並の打点を挙げている。

2003年第3次ダイナマイト打線

 2003年、星野仙一監督率いるタイガースが猛打で優勝したので、ダイナマイト打線の名称が復活したが、日本シリーズでは、パのダイエーに惜敗した。
 この年の打撃タイトルホルダーは、トップを打った今岡誠の首位打者のみだが、2番赤星憲広が、3年連続で盗塁王に輝いている。
なお、現在不動の4番である広島から移籍した金本知憲は、この年3番を打ち、赤星の盗塁を助け、次につなぐ打法に徹している。

1 今岡誠     セカンド
2 赤星憲広    センター
3 金本知憲    レフト
4 桧山進次郎  ライト
5 片岡篤史    ファースト
6 G.アリアス  サード
7 矢野輝弘    キャッチャー
8 藤本敦士    ショート

 これまでのダイナマイト打線は、猛虎魂の生え抜き選手がレギュラーを占めていたが、この年のメンバーを見ると、金本が広島、片岡篤史が日ハム、ジョージ・アリアスがオリックス、矢野輝弘が中日からと、半分の4人が、移籍選手で占められている。
 しかし、現在残っている金本と矢野は、完全に阪神の顔になりきっている。
Thu 2009 | トラックバック(-) | comment(0)


前ページ | | 次ページ











管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。