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東映フライヤーズ、自分が生まれた昭和29年から48年まで存在し、日拓ホームを経て現在の北海道日本ハムに至っている。
東映時代は、昭和37年に阪神を下して日本一になっているが、リーグ優勝は、この年しかない。
毎年のように、新人王を輩出し、張本・大杉という巨人のONにも匹敵する3・4番を配していながら、万年Bクラスで球界七不思議と言われたものだ。
昭和46年も開幕から低迷し、最下位を突っ走っていた。
5月3日のロッテ戦。この日もロッテの村田兆治に抑え込まれ、敗色濃厚であった。9回表、最後のバッターもセカンドゴロ、ここで万事休すと思われた。村田も打ち捕ったりと、マウンドを降り、ベンチへーーーところが、ロッテのセカンド、名手山崎が、ポロリとやった。
自分は、東京12チャンネルのテレビ中継を見ていたが、中継はここで終わってしまった。
翌日の朝刊スポーツ欄を見て驚いた。巨人を押しのけ、東映の逆転劇が、トップ記事である。
9回に同点に追いつき、延長戦へ。
そして、10回表に奇跡が起きた。2死から、代打作道の満塁ホームランに始まり、トップの大下、2番大橋、3番張本、4番大杉の5打者連続ホームランである。
勿論5打者連続ホームランは、日本記録で、いまだに破られていない。しかも、9回表に相手のミスから追いついただけでも凄いのに、10回表2死から代打満塁ホームランに始まって8点も取ったのだ。
結局試合は乱打戦の末、14対8で東映が勝った。
これほど凄まじい試合をものにしたのだから、スポーツ誌も「これで東映、長いトンネルから脱出か」
と謳われたものだが、結局この年も低迷した。これが、東映らしさであった。
もうひとつ、東映は昭和39年に、嵯峨・土橋・尾崎と3人の20勝投手を誕生させた。しかし、優勝どころか、首位南海に9ゲームもの差をつけられて3位に終わっている。近年の野球では、15勝もすれば大エースだ。3人だけで61勝もしているのに、考えられない。何とも不思議なチームであった。
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